43.総理外遊の裏側を「暴露」?

  総理外遊などのときに使われる機密費流用事件が話題になっている。
そこで、1994年に細川総理訪中についていったあと書いた道中記を紹介したい。
あえて、まったく手を入れずに掲載する

細川総理の訪中について

  細川総理はさる3月19日から21日にかけて訪中し、李鵬総理、
江沢民首席ら中国側要人と会談を行った。
総理大臣の訪中は、昭和63年の竹下総理、平成3年の海部総理以来である。
また、1992年には、日中国交回復20年という節目にあたり、
天皇皇后両陛下が訪中されている。

  細川政権下でのこれまでの中国側との接触の主たるものには、
昨年9月の国連総会の場における日中外相会談、10月の熊谷通産大臣の訪中、
11月のAPECの場での日中首脳会談、本年1月の羽田外務大臣の訪中、
3月の朱鎔基副総理の来日などがあるが、今回の訪問は総仕上げとなるものであった。

  この訪中には、官邸から鳩山内閣官房副長官、成田秘書官、槙田秘書官、
金重秘書官、菅原内閣副参事官ほかが、外務省からは福田外務審議官、川島アジア局長、
平林経済協力局長ほかが随行したほか、通産省から中川貿易局長、八幡北西アジア課長、
大蔵省から加藤国際金融局長、渡辺開発金融課長が同行した。
また、多数の報道関係者も参加した。
その内容については、新聞等でも報道されているとおりであるが、
あらためてその全容をエピソードも含めてご紹介したい。

  まずは、内容は後回しにして、我々がロジと呼ぶ旅行の様子から紹介する。
しかし、あまり真面目に書いても読んで面白くないだろうから、
少々、楽しく書いてみることとさせていただきたい。

  国内では、あいかわらず厳しい国会運営が続いている。
こうしたなかでは、総理の外遊は、国際会議のようなものを除けば休日にしかできない。
したがって、どこへ行くかは、日数に合うところを選ぶしかないのが現状である。
たとえば、11月には、土日だけを使って韓国へでかけた。
今回は、春分の日も含めて三連休なので中国、
ゴールデンウィークには欧州に行こうというわけである。

  総理の外遊には、最近では黒字べらしもかねて購入した政府専用機が使われる。
出発は、遠い成田でなく羽田を使えるのがありがたい。
乗組員は、自衛隊の皆様。当然、スチュワーデスも女子自衛官である。
なにしろ、入隊以来、「ニタニタ笑うな」と訓練されてきた彼女たちであるから、
栗尾美恵子さんみたいに口をポカンとあけてるわけではない。
清楚でいいというオジンもいるが、やはり「おい、お茶」とは頼みにくい雰囲気で、
しかたなくセルフサービスするはめになる。
ワインはさすが自衛隊というか、十勝ワインだけ。
わが通産省の輸入促進キャンペーンもここまでは及んでないようだ。
もっとも、十勝ワインには、本当の十勝の葡萄はほんのちょっぴりしか使われておらず、
樽のまま輸入された安くておいしい舶来ワインが主成分と聞いたこともあるから、
まあ賢明な妥協なのかもしれないかとも思う。

  さて、専用機が北京首都空港へ着くと、今回の接待係である
陳錦華国家計画委員会主任が迎えてくれた。
ここら、20台もの車列は、交通が遮断された都路を一路、宿泊先の魚釣台迎賓館に向う。
魚釣台迎賓館は、北京市内西部の広大な敷地のなかに、
20ほどの洋館が散在する形になっている。
発想としては、中国伝来のものというより、ロシア風ダーチャといったところか。
個々の洋館は、小ホテルのようになっているが、天皇陛下や総理の場合には、
中央の池のほとりにある第18号楼というのが割り当てられる。
派手な色の中国風宮殿の外観で内部は近代的である。
この第18号楼だけでは一行が入り切らないので、隣の2号楼も使われる。

  魚釣台迎賓館で一服したあとは、市内見学である。
またまた、交通を遮断して猛スピードで、地下鉄西単駅へ向う。
かつて核戦争用の防空壕をかねて掘られたというだけあって、
千代田線新御茶ノ水駅なみの深さである。
ここから、特別電車を仕立てて、一駅だけ乗車する。
続いては、天安門へ向う。かつて、毛沢東が建国宣言をしたバルコニーに立つ。
続いては、また、車に乗って紫金城へ。
午門を抜け、太鼓橋もそのまま渡り、太和門の前で下りる。
太和殿前の広場をすぎ、いつもはロープがはってある殿舎の内部に入れば、
気分はタイムスリップして映画の「ラストエンペラ」の世界である。
日本人にとってさえも、ちょっと感激ものであるのだから、ちょうど一週間後に
訪問予定の金泳三韓国大統領の感激はいかほどであろうか考えてみる。
若い総理だから歩く足も早い。
お付きには、高齢者もいれば女性もいるからたいへんである。
さっそうとした若殿様に家来たちが、汗をふきふき着いていくといった感じである。
ここから一行は裏へまわって後宮へ入る。
いつもは、内部に入れない西太后の住居へ行けるのは、
総理についてきた役得というものだ。

  市内見学の最後は、北太平荘(自由市場)視察。
なかなか物資もよくそろって清潔でもある。
随行者のなかには、「40年前の日本みたい」などといっているのもいるが、
そういう人は伊勢丹の地下しかしらないのだろう。
東北地方の漁業の町の市場あたりに行ってみてから比べたほうがよいと思う。
一行が思わず足を止めたのは、米の売場である。
買って帰ろうかなどという声も出たが、「総理随行者が争って米をまとめ買い」などという
新聞見出しが頭にちらついて我慢する。

  また、釣魚台迎賓館で休んだあと、李鵬総理主催の夕食会は、人民大会堂で。
悪名高い人民大会堂の食事だが、こういうときはさすがというものが出る。

  そのあと、総理は同行記者団と懇談。国内政局などについて語る。
いってみれば、外遊に着いてきたご褒美で、記事になるようなことを喋らなくてはならない。

  二日目は、天安門広場の人民英雄記念碑での献花から始まる。
見慣れた天安門広場の風景だが、記念碑は側まで近づくと意外に巨大であり、
基壇に上がればいつもとは違う印象の風景が展開する。
天安門事件の映像を思い出したり、この英雄碑に祀られているのは革命の犠牲者だけ
だったのか、朝鮮戦争の戦死者も含まれていたかどうだったかなどと考えてみたりする。
主たる議題のひとつが北朝鮮問題だけにちょっと気に掛かる。

  本格的な首脳会談は、釣魚台迎賓館の別のパビリオン、・・で始まる。
北京での要人会見は、人民大会堂か中南海紫光楼か、それとも釣魚台である。
会談は予定を延長して二時間続き、引き続き日中環境協定の調印式が行なわれる。

  昼食は朱鎔基副総理主催で、今度は釣魚台の・・号楼である。
到着から昼食まで時間の余裕があったのか、
朱鎔基副総理が徒歩で会場へ向っていったのとすれ違う。
歩きながらも考え事をして心ここにあらずの表情は、仕事士の彼にふさわしい。
午後は、江沢民国家主席との短い会談。
午後6時からは、記者団が泊まってプレスセンターになっている全日空ホテルで記者会見。
この模様は、NHKで生中継される。相撲中継の直後だから視聴率も悪くなかろう。
意欲満々のはずだが、なにかしら元気がなく生彩を欠くのは国内政局でのご苦労のゆえか。
夕食は、釣魚台迎賓館内のレストラン養源齋。
東京の椿山荘にも出店があるが、フランス料理の影響も強くうけた、洗練され、丁寧で、
地域不明、インターナショナルで年寄りにも向いた軟らかい料理である。
翌朝は、特別機で上海に向かう。
この季節、上海は薄曇りの日が続くから、無事、着陸できるか不安である。
もっとも、もし、着陸できないのならそのまま日本へ帰ればよさそうであるが、そうはいかない。
なにしろ、中国側の接待係も同乗しているのだ。
まさか、彼らを長崎あたりまで連れてきて、別の便で送り返すわけにもいかないから、
その場合は、北京へ引き返しと聞き、あらためて上海の好天を祈る。
上海では黄菊市長らが出迎え。また、車列を組んで浦東開発区へ。
ここでは、事務所で趙啓正副市長が説明役。
ちょうど、日中経済協会で招待して日本へ呼んだばかりの人物である。
地域開発には一家言ある首相であるから、説明にも熱心に耳を傾ける。
日本企業への誘致活動について問われて、
「日中経済協会、国貿促などに世話になっている」と副市長から答える。
同行の陳錦華主任からは、大連工業団地について高く評価するとともに、
上海でも同じようなものをと陳情。
趙啓正副市長からは、上海第二空港への円借款の供与の陳情。
細川総理からは日本人学校問題について発言あり。続いて、開発区内を車から見学し、
さらに楊浦大橋を見学。
いったん、浦東側から橋を渡りきり、そのまま引き返して反対車線に入り、
中央部北側の展望台から景色を眺め、再び浦東へ。
今度は、南浦大橋を渡る。ループ状のとりつけ道路に車列が並ぶのは壮観。
旧市内へ入り、英国租界の建築が威容をみせる外灘を通過し、南京路を左折。
狭い道路の両側にあふれる群衆の間を猛スピードで車列が行くが、
それでも飛び出そうとしたりするのが北京とは違う。正直いって怖くてしかたない。
上海市長主催の昼食は、旧フランス租界の新錦江飯店。
由緒ある錦江飯店や、旧フランス人クラブの花園飯店のような趣はない近代的ホテルである。
この遅い目の昼食が終わると、一行は再び空港へ向かい、一路、羽田へ向かった。
総理の外遊というのが、どんな風に進められるか、意外に知られていないので、
ちょっと、紹介してみたわけである。
ここでは、見てきたようなことを書いたが、実は、総理同行には、
外務省以外からはごく限られた省から参加するだけで、しかも、専用機に乗ったり、
食事に参加できるのは一名という習慣である。
そんなわけで、通産省からは貿易局長も参加したので、私自身は、一日、早く北京へ飛び、
上海へ別便で移り、一日遅れで東京へ帰った。
ばかげた習慣であるが、その間、中国の仕事相手と会い、
往復の飛行機では十勝ワインよりはかなりましなボルドー・ワインを飲み、
食事は下町でB級グルメを満喫し、愛想のよいスチュワーデスのサービスを受け、
それから紫禁城見学などは総理とご一緒して西太后を偲べたから我慢するとしたい。
やや驚きだったのは、北京・上海間の東方航空のサービスのよさ。
乗り心地のよいエアバスで、国内線にもかかわらずかなり立派な食事が出され、
スチュワーデスはそれなりのセンスの美人揃い。
やはり上海本社だけあって北京の航空会社とは違うのかなどと考えた。

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