58.10年前のロシア旅行

10年ほど前にエリツィンが大統領になったばかりのロシアを旅した。
書類を整理していたら、そのときの旅行記が出てきたので紹介する。

その1−洗礼を受けたゴルバチョフ

ゴルバチョフがフランスを公式訪問したとき、彼はソルボンヌ大学で記者団から
「あなたはキリスト教徒ですか」と聞かれ、「私は子供のとき洗礼を受けました。
(ロシアで)ごくあたりまえ(ノルマル)のことですが」と答えた。
場内は静かなどよめきと感慨に満ちあふれた。
一方、エリツィン大統領も就任直後にパリを公式訪問した。
以前にフランスへ来たときは、エリゼ宮では補佐官の部屋に通され、
そこに「たまたまやってきた」ミッテラン大統領に会えただけだし、
ストラスブールでは欧州議会議員たちから「ゴルバチョフの改革を邪魔する野心家」扱い
されて糾弾される羽目になってしまった。
今度は、超VIPとして歓迎され、ベルサイユ宮殿にミッテランによって迎えられえた。
人々はこれを国王とツァーの出会いと受けとめ風刺した。
また、ロシア大使館での公式レセプションには、
フランス在住の皇位継承権者ロマノフ大公が初めて公式に招待された。
このロマノフ大公はこの直後に急病で死去したのだが、
その遺骸はサンクトペテルブルグ(旧レニングラード)のペテロハバロフスク要塞の
なかにある歴代ツァーの棺の傍らに葬られた。
(余談だが当時の首相クレッソン女史の夫はニコライ二世の侍医の子孫である)。

その2−ロシア人はヨーロッパ人でない?

モククワからパリへ到着したときの入国審査でおもしろいことが起こった。
パリの空港にはEC・スイス用とその他用の2つの窓口があるのだが、
入国者の少ない夜の間は単一の窓口だけになる。
ところが、たまたま、このエールフランス機にはいつもより多くのロシア人が
乗っていたために、慎重な審査が必要で長蛇の列ができてしまった。
そこで、EC用の窓口も開けることになって、
担当官が「ヨーロパのパスポートの方はこちらへ」とと叫んだ。
そうしたところ、ロシア人たちが大挙してそちらへ押し掛けたのだが、
「ここは欧州共同体用でロシア人は違う」と怒鳴られて悔しそうに元の列に戻るはめになった。

その3−運転手とマフィア

ロシアで目立つものとして、マフィアとガードマンがある。
ホテルの入り口にも屈強のガードマンがいて目をひからせている。
元外交官で政府首脳の顧問でもあった経済人は、ナンバープレートのない車を自ら運転し、
元原子力潜水艦長をボディーガードとして助手席に座らせていた。
モスクワのレストランでは、短く髪を刈り込んだマフィア風若者と豪華な毛皮を来て
シャネルのハンドバックを持った美女が昼間からいちゃついていた。
サンクトペテルブルクで一番のレストランといわれるところに市役所幹部と行ったら、
マフィアの結婚式で貸切だというので断られた。
石油の取引で儲けたのだという。
こうしたマフィアの力の源泉がどこにあるかということだが、ひとつの理由としてロシアでは、
運転手という職業につく人々のなかでコーカサス系の割合が有為に高いということがある。
アルメニア、グルジア、アゼルバイジャンといったところでは、
昔から馬を駆って山野をかけめぐることを無上の喜びとしてきた。
この伝統からコーカサス地方では運転手、とくにトラックのそれが憧れの、
また女性にももてる職業なのだという。
物理的な輸送をこうした特定の民族集団が握れば何が起こるかは明らかだろう。
しかも、この地方が中東への回廊であることも不気味である。

その4−行列はぜいたく品を買うため

モスクワやサンクトペテルブルクでみる限り、物資は冬でも豊富である。
しかも、おそるべき幅の価格のものがそろっている。
1月に750円の年金生活者でもパン、ソーセージ、ミルク、
高菜の漬物くらいで済ませれば飢え死にはしなくてよさそうである。
一方、行列ができているのは、日本製の電化製品、
フランス製の高級化粧品、米国製のジーンズ。
ある日本メーカーの1000ドルもするカラーテレビは国内の
人口100万人の県に匹敵するほどの数量が売れているそうだ。
サンクトペテルブルクとモスクワの間には外人専用の夜行列車が走っているが、
このごろはロシア人用の汚い列車に乗りたくないというので、
ダフ屋から高い値段でヤミ切符を買うロシア人が多いようである。
クレムリンやエルミタージュの宝物をみると、帝政ロシア時代の支配層が西欧から、
西側の王侯貴族ももてないような最高級の贅沢品を買い集めていたことがわかるが、
そういう伝統がいまも生きているということだろうか。

その5−所属民族は自己申告制

旧ソ連の民族別人口構成をみると、ロシア人がなんと2億人ほどもいる。
フランス人とかイタリア人が6000万人ほどしかいないのに
なぜロシア人が2億もいるのか私にとってなぞであった。
そのからくりの秘密は簡単であった。
自分がどの民族であるかは自己申告なのである。
極端にいえば、両親日本人でもロシア人と自分がいえばそうなってしまうこともあるらしいし、
まして、混血ならどちらを選ぼうと自由である。苗字をかえるのもそれほど難しくない。
ワルシャワでは、いかにもスラブ人らしい人々が多いが、
モスクワではそういう身体的特徴の人の割合がそれほど多いと思えない。
ようするに、ロシア人を名乗ったほうが有利なので、そういっているのであって、
どうも、「ロシア人」の血のなかにはかなりのアジア系のそれが混じっていそうである。

エリツィンが西欧人らしくないのが西側の関心低下の原因?

さて、ロシアに対する西欧の関心は、一時に比べてかなり低下したように思う。
その理由のひとつは、制度的枠組みは一応できてきて、あとは実行だということである。
しかし、それとともに、ロシアはやはり自分たちとは別の存在だというように
西欧の人たちが感じ始めたのではないだろうか。
その象徴として、第一のエピソードでも紹介した
ゴルバチョフからエリツィンという指導者の交替がある。
ゴルバチョフはいかにも西欧人だが、エリツィンからはタタールの臭いがする。
この西欧世界とアジア世界の二面性はロシアが歴史のなかで常に示してきたものである。
また、社会や経済の仕組みも西欧とはずいぶんと違うものにむかいつつあるようだ。

ロシア大乱をおそれる西欧

ただ、西欧がロシアに無関心になったわけでない。
ある西側の外交官は私に、「ヨーロッパ大陸の安定のためには、
その東端に安定勢力があることが必要だ。
もし、これが混乱状態に陥れば欧州の平和の脅威となる。
したがって、われわれは、ロシアの安定を図るためにはかなりのもの、
たとえばウクライナなど他の共和国を犠牲にしてもやむをえない」とかいっていたが、
これが現在の西欧にとっての対ロシア政策の本音であろう。
ローマ帝国の崩壊はフン族の侵入にはじまる民族大移動がきっかけとなったではないか。
また、この高官は、「遠い将来にあっても、ロシアがECに入ることはあるまい。
なぜなら、ロシアはECにとって大きすぎる。あれは、西欧から独立した別の世界だ。
この世界と緊密な関係は必要だが、一緒になるのは現実的でない」といった。
もちろん、ジャック・アタリ前欧州復興銀行総裁のように
「ロシアを含めた40か国」のECを唱える人もいるが、
普通にはポーランド、バルト三国までであろう。
そうすると、一応、かつてのローマ教会の勢力圏ということになる。
そこにブルガリアやルーマニアのようなバルカン半島の諸国をどう扱うかということだろうか。

わかりにくい日本のロシア政策

日本の対ロシア政策については、西欧の人からみると、
非常に分かりにくいという声をよく聞いた。
ある外交官が、
「普通、外交には目的があり、それを実現するための戦術があるはずである。
日本にとっての目的は北方領土の返還であるようにも思えるが、もうひとつ明確ではない。
また、それを実現するためには、押したり引いたりしながらの巧妙さが必要で、
一本調子にすぎるのではないか。また、それでは本気になって支援する気にもなりにくい」
といっていた。
指摘の妥当性はともかく、そのような見方をされていることを肝に命ずる必要があろう。
もうひとつ、われわれも子供のときから「革新的」な歴史家から
「日露戦争で日本が勝ったなどというのはおかしくて、
英米などの思惑で比較的有利な条件で休戦できただけ」などと教えられてきたが、
この戦争での日本の勝利が世界史上の大事件であったことは西欧でも常識である。
また、ロシア人からは、「この戦争での敗戦がゆえに、
ロシア人は日本人を恐ろしいと思っている」などという声も聞いた。
ユーゴ内戦をみても、世界の諸民族の多数派は、日本人ほど歴史上の出来事について
忘れっぽくないということは、ヨーロッパでもいろんな場面で感じたが、
日本とロシアとの関係も単なる第二次世界大戦の後始末ととらえず
長い歴史の文脈のなかでみつめる必要があろう。
北方領土のロシアによる占拠は許しがたい蛮行であり、
返還はすべての前提であるとするのは当然である。
だが、北方領土そのものの経済価値がそれほどのものとは思えず、
返還されたからといって大喜びするほどのことでもないし、
一部にある「買う」などという提案も論外である。
本当に大事なのはそれから先であることにより関心が向けられるべきであろう。
周辺諸国との関係にも注意を払いながら、
北アジア全体の国際秩序を安定的なものとするにはどうすればよいか
じっくり考えなくてはなるまい。

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