165.外務省人事抗争の無意味さ

  外務省の人事問題がようやく片づいた。
柳井駐米大使を更迭するとすれば、後任は加藤良三氏しかないことは
衆目の一致するところであるから、田中大臣の抵抗には無理があった。
田中大臣からすれば、大使は外務大臣の部下ということになるのだろうが、
形式的にはどうであれ、大使は天皇陛下の名代というと時代がかっているが、
少なくとも首相の名代であって、外務大臣の部下という感じではない。
駐米大使はどこの国でも、外務大臣とどちらが重要かというポストである。
あるいは、べーカー駐日大使がパウエル長官の部下などとは誰も思っていない。
その意味で、外務大臣が決めることではないのである。

  民間登用という意見もあったが、それをやるとすれば、実業界とかいうことでなく、
外務大臣経験者クラスでなくてはなるまい。
元官僚で語学が堪能な柿沢弘司、加藤紘一とか、
あるいは、言葉ができなくても橋本龍太郎、堺屋太一といった緻密なタイプなら
つとまらなくもないだろうが。

  一方、外務次官が、野上氏というのも適切な人事には違いない。
かつて、「朝までナマテレビ」などで議論したし、
最近も、勉強会でご一緒したが、なかなか、骨のある人物で外務省改革にも適任者である。

  ただし、本当は、私は、この際に、
事務次官こそは他省庁などから持ってくるくらいしてよかったのでないかと思っている。
あるいは、外務審議官の一人くらいそうして、
改革のお目付役にしてよかったのではないか。
日銀の藤原副総裁のような役割の人がいたほうがスムーズに行くように思う。
外務省は、この際、細かい不祥事再発防止でなく、
もっと、根本的なところで新しい時代にふさわしいあり方かは
何かを考えるチャンスにあると前向きなとらえ方で、
この一連の事件を捉えて欲しいものである。

  また、JAICAの総裁についても、この際は外部からもってきてよかったのではないか。

  田中大臣が見当違いの大暴れをしたおかげで、
改革どころでなくなってしまったのでないかと危惧する。
また、いま、田中大臣が居座る意味はどこにあるのか。
外交面でも、外務省改革についても、何もしていない。
高給とたいへんなフリンジベネフィットをもって、
個人的な観光旅行やセンチメンタルジャーニを繰り返しているこの人が
「税金泥棒」でなくて何であろうか。

  靖国参拝問題などでの彼女の意見には、もっともなところもあるが、
小泉内閣の外務大臣として機能していないのではどうしようもない。
(靖国神社に参拝することが、私人としてであっても憲法違反といったのはおかしい。
私人としても「好ましくない」と公明党などがいうのは理屈があるが、
憲法違反というと、総理は宗教色のある葬儀にもでかけてはいけないことになるだろう。
大臣ともあろう人があまりにも非論理的なことをいってもらっては困る)

164.月刊誌「選択」に記事掲載   MENU   166.みたび靖国問題について
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