166.みたび靖国問題について

  靖国問題については、6月15日、7月25日と二回にわたって、論じたが、
8月15日を前に、もう一度、論じておく。

  今の時点の議論としては、そもそも論と、
対外的な配慮とふたつにきちんと分けて考えることがいちばん大事だ。

  いま議論をとりあえずすべきなのは、対外的な配慮である。
この問題が、とくに中国にとって特別の意味を持つことは現実である。
しかし、中国側もあまりにも非礼な形でその要求をしており、
中国の要求で参拝を止めたというのもいかにもまずい。

  解決策としては、前日に参拝し、公式色を極力はずす、
そして、「A級戦犯など祀られている対象で適切でない人たちもいる」ということを
言明するあたりがその場しのぎとしては適当ではないか。
そして、A級戦犯合祀問題は、小泉政権のうちに強引に圧力をかけても
是が非でも解決すべきであろう。

  そもそも論については、別の問題である。
だいたい、マスコミも、公明党なども、
どうして、総裁選挙の公約や連立政権を成立させるときに
この問題をきちんと議論しておかなかったのか。
あるいは、田中外相も入閣の時に議論をしておくべき問題である。
それを、対外的な配慮とごっちゃにして議論するからおかしくなる。

  私は、公式参拝かどうかなどというのは、無意味な議論だと思う。
公式参拝というのは、参拝をあえておおごとにしたい人たちが、
ある種の挑発的な意図でいいだしたものであり、法律的にも意味のない言葉である。
財政支出を伴うか、儀式などを主宰するかが問題なのであり、
参拝が公式であるという言葉の意味が私には分からない。
玉串料を支出するとか国家護持などというのは論外だが、
公人が宗教施設に立ち寄ったり宗教行事に参加することがいけないとは思わない。
それが駄目なら、葬儀にも外国王室の結婚式にも、
さらには米国大統領の就任式にも出れないことになるだろう。

  基本は、宗教行事や施設などを「主宰」するのがいけないので、
参列は構わないという線引きと、意に反して参列を強制されることがないことが大事である。

  靖国については、そこに祀られている人の大半が、
皇室や政府要人が参拝してくれることを期待していただろうし、
また、喜んでいただけると考えるのが普通であれば、
個人的な気持ちにどうしても反するのでなければ、
時には参拝して上げてもいいのではないかということでなかろうか。
ただし、そこに祀られている戦死者は、太平洋戦争のものだけでないのだから、
8月15日が適当とは考えられない。

  また、国立墓地構想もあるが、戦死者と戦争の犠牲になった人々一般を
区別するのかどうかなど、もう少し議論を詰めた方がよいだろう。

  それから、小泉首相の属してきた派閥が、
A級戦犯であった岸信介の政界復帰とともに創立され、
南京政府の財政顧問だった福田赳夫によって引き継がれ、
さらに、岸信介の娘婿の安倍晋太郎がそれを嗣ぎ、
さらに、いまも、福田赳夫と安倍晋太郎の子どもが中心にあって、
さらに、現内閣には平沼元首相の養子までいるということは、
どうしてあまり議論されないのだろうか。
このことが、この内閣の動きを随分と悪くしていると思うのだが。

  それにしても、A級戦犯の合祀という馬鹿なことを、
しかも、こっそりとしたとんでもない馬鹿がいる。
宮司の松平さんという越前福井藩主の子孫なのだが、はた迷惑なことをしたものだ。
また、昨日の朝日新聞には東条首相の孫である東条由布子さんが投稿して、
板垣征四郎元陸相の遺族がA級戦犯の合祀取り下げを願い出ようかと提案したときに、
三菱自動車社長だった東条輝雄氏が拒否したというエピソードが載っていた。
気の重くなる話である。

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