193.報復攻撃慎重論に疑問・「禁じ手」を許すな

  米国の報復攻撃について、日本の市民レベルでは、
「できるだけ話し合いで」と慎重論が根強いようであるが、あまりにも幼稚な議論にみえる。
私自身は、一般論としては、ハト派だが、今回の事件への国際社会の常識から
あまりはずれるのは、日本にとって危険であろう。

  そもそも論をすれば、中東問題についての米国のやってきたことには、問題が多い。
また、反グローバリズムという気分の盛り上がりが
遠因のひとつとなっているのもたしかである。
その意味で、テロリストを叩けば事足りるというのでないことはその通りである。

  だが、そのことと、報復攻撃の是非は別問題である。
宣戦布告に等しい犯罪はすでに行われたのである。
殺人事件で犯人をつかまえたり、その犯人を保護した組織に警察が実力行使をして
手入れをすることを否定して、犯罪の社会的背景を考えるべきだとか、
話し合いで今後また同種の犯罪を犯さないように説得すればよいと
いっているようなものである。

  ともかく、今回のテロは、動機がどうであれ、「禁じ手」である。
これまでのテロとは明らかに一線を越えている。
だからこそ、中国もロシアもインドも躊躇なく米国を支持している。
このような形の「禁じ手」が許されるなら、どこの国も同じような脅威にさらされるからであり、
文明は危機に瀕するからである。
その意味では、オウム事件における、ほかの犯罪行為と
地下鉄サリン事件との違いと同じような意味がある。
地下鉄サリン事件のあとは、オウムを少なくとも非力化することを
世論は支持したはずである。

  そうした意味で、ブッシュが犯人のみならずそれを匿う勢力も
根こそぎ廃絶するというのは間違っていないし、
NATOが集団自衛権発動の対象としたのも迅速で正当な決定である。

  私は、中東問題については、明確に親アラブである。
ユダヤ人がパレスティナに集団移住をしたり
国家を建設しようとしたこと自体が間違っている。
あるいは、いまさら出ていけないとしても、
イスラエル国家のあり方は根本的に再検討すべきである。
何千年も前に住んでいたということが、多民族の土地に闖入する理由になるはずもないし、
そもそも、いわゆるユダヤ人が古代のユダヤ人と血縁関係があるかどうかすら疑わしい。
ユダヤ人とはユダヤ教徒と同義でしかない。

  しかしそのことと、報復攻撃の是非はとりあえず関係ない。
もちろん、米国がパキスタン、エジプト、サウディアラビア、シリアといった国が
無理なく報復を支持できるような環境を整えることは格別に重要だし、
その過程の中で、パレスティナ政策について、イスラエルを甘やかしてきたことについて
軌道修正を行うべきである。
いい加減に、米国はイスラエルの振る舞いが
世界の不幸のかなり大きな原因になっている現実を直視すべきである。

  また、報復攻撃が米国内世論対策にしかならないものなら
これら諸国の理解も得にくいものであり、
目的が単なる腹いせでないことについて説得的であるべきでもある。

  幸い、いまのところ、米国政府のことの進め方はパウエル氏を先頭に
妥当で信頼性が高いもののように見えるが、
今後も、説得力のある議論の進め方を望みたい。

  日本は、湾岸戦争のときよりは、踏み込んだ対応をせざるをえないのではないか。
とくに、今回は多くの日本人も犠牲になっているということもある。

  また、この種のテロの標的に日本はされやすいという現実も直視すべきであり、
その意味でも、このような事件の再発を防止することが日本自身にとって
ことさら重要なのであり、断固とした国際社会の行動は日本にとってことさら利益にかなう。
たとえば、この種の事件を起こしても、再発防止のための話し合いに委ねられることで
十分だということになれば、日本に対してテロが行われる誘惑を惹起するものになりかねない。

  かつて、朝鮮半島の核疑惑のときに、通産省の担当者の一人だったが、
世間では、ミサイルが飛んでくるのでないかと騒いでいたが、それは、あまり心配でなかった。
どうせ、命中率が低いのは明らかだったから、日本に向かって発射されても
まず人口密集地に落ちる心配は低かったからである。

  しかし、都市テロのほうが心配だった。
そのなかで、とくに、心配だったのが、高層ビルに対する爆弾と
この種の航空機による特攻的攻撃だった。
軍用機なら発見し、撃墜すればよいことであるが、
民間機の場合は、ハイジャックであろうがなかろうが
平和的な着陸を求められれば撃墜は難しい。
そういう偽装のもとで高層ビルやその他の重要施設に突入されれば
どうなるかは本当に心配していた。

  別に朝鮮半島のことに限らず、アジア諸国との関係で
あまりタカ派的に勇ましくなることは、テロの対象となりかねないという意味でも、
私は消極的だし、その意味も含めて、私は「現実的ハト派」であることは、
「日本国と憲法  第三の選択」(同朋舎  角川書店)など
読んでいただければご理解いただけると思う。
ただし、現実に、このようなテロが起きてしまった以上は、
断固とした決意が発動されることが必要であり、平和を望むなら、
アフガニスタンがいかなる国内的な犠牲があろうとも、
テロ支援国家としての自己改革を行うべきなのである。

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