196.テロ事件報復攻撃についての問題点整理

  米国の同時多発テロ事件と報復攻撃の是非についての意見は、
すでに月曜日に掲載したが、その後の議論の展開も含めて、若干のコメントを追加する。
月曜日分とも重複もあるがお許しいただきたい。

●この事件の世界史な意義について

  これまでのビル爆破事件とか航空機墜落事件と違い、その規模と標的からいって
文明への挑戦であり、その再発防止のためにあらゆる手段を早急に使うべきである。

●「報復攻撃」の是非について

  報復攻撃という言葉が一人歩きしているが、米国がいっているのは、
報復を目的とした攻撃でなく、再発防止のための措置であり、
むしろ、報復の連鎖を断ち切るというポジションは明確である。
際限がなくなるという批判は当たらない。
また、米国に対する攻撃は現実にされたのであるから、反撃をするのに
米国は話し合いをする必要はないことがすべての前提になることを認識すべき。

●米国のポジションについて

  言葉は激しいが、行動においてはイスラムなども含めた広い国々の支持を
迅速にかつ手堅く固めて行っており、沈着で果断な対応は極めて妥当であり高く評価する。

●日本のポジションについて

  同盟国である米国が現実に攻撃を受けた以上、湾岸戦争のときとは明確に違うので、
一歩踏み込むことが今後の日米関係ために不可欠。
ただ、憲法上の制約のなかでできることが限られている以上は、
できることを、迅速に決定する必要がある。
同じ決定でも速くやれば他の国の協力を引き出すメリットがあり評価される。
慎重に考えてからでは、同じ評価を得るにも、より踏み込んだ協力が必要になるのであり、
平和憲法の原則をできるだけ守るためにこそ、むしろ急ぐことが不可欠。
また、今回は「未曾有の文明への挑戦」なので例外であるとの処理をした方が、
今後の前例になりにくく好ましく、その意味で、現行法の解釈拡大より新規立法を支持。

●ビーンラディン関与の証拠について

  国内で刑事犯を逮捕するときと同レベルでの証拠をそろえることを要求することは、
現実的に不可能であるしその必要もない。
オウム事件について、オウム教団の関係者を誰一 人取り調べもできず、
本人を別件などで逮捕もせずに、いきなり、容疑を固めて
麻原を逮捕できるなどということができたか考えてみればよい。
ビーンラディンについては、すでに国連安保理でも
司法制度の整った国での裁判を決議しており、
今回の事件にかかわらずアフガニスタンがかれを保護することは許されない。

●タリバンは何ができるか

  ビーンラディンを第三国に引き渡すことは考えられなくもないが、引き受け手がいるのか。
たとえば、サウディだが、かえって、サウディ国内が危なくなるおそれもある。
あとは、自分で裁いてしまうか、あるいは、米国に居場所を教えて誘拐してもらうかか。
居場所を教えることによって、民間人への被害を最小にすることはありうるかも。
なお、アフガンの地形などからして、戦闘が行われるとすれば、アフガンは比較的に
民間人への影響が少ないところという評価をフランスのテレビはしていた。
パキスタンの人口密集地行きなどに逃げ込まれると厄介なので、
その意味でも作戦を急ぐことこそ、人的被害を少なくすることを理解すべき。

●米国の中東政策を変えさせる絶好のチャンス

  この紛争において多くのイスラム教国の理解を得ることが最大の鍵であることは、
ブッシュ政権はよく理解しているように見える。
イラン大統領のやや米国寄りの発言に米国が謝意を表したことなど評価できる。
おそらく、イスラエルはこの機会を勢力拡大に利用したがっているが、
米国が厳しくこれを抑えていることが読みとれる。
この紛争は、過度にイスラエル寄りであった米国の
中東政策を変えさせる契機になる可能性がある。
日本は欧州各国との協力しつつその流れを加速するべきである。
(私の中東問題についての考え方は9月10日付けを参照して欲しいが、
ひとことでいえば、シオニズムとイスラエル国家そのものに反対である)

●諜報活動のあり方について

  今度の事件、そして、その後の展開を見ていて、
西側各国の諜報活動の弱体化が背景にあるのではなにかと気になる。
スパイ小説に出てくるような、裏交渉、暗殺、買収、盗聴、亡命生活の保障、
あるいは女スパイ、麻薬・・・といった「汚い世界」と西側諸国は
このところ急速に手を切っていった。
大きな流れとしてはよいことだが、その反動として情報不足が生じ、
また、面倒な交渉をまとめることが難しくなっているのではないか。
あるいは、指導者たちが将来の告発を恐れて臆病になっているようにも思う。
かつてのようなやり方はともかく、歯止めを国際的に考えるなどの前提で
何か考えた方がよいかもしれない。
軍隊を送るよりはビルラディンを誘拐するほうがましなのだから。

●宗教家は何をしているのか

  今回のテロ事件のあと、世界で祈りのミサが捧げられたり、
宗教家が積極的な発言をしている。
ところが日本では影が薄く、むしろ、米国の報復攻撃反対に
力を入れているようにすらみえる。
たとえば、こういうときに、間髪入れず仏教各派や神道各派が
合同で大規模な祈りの集会でもすれば国際世論にも
たいへんアピールするのに残念である。
米国の報復攻撃に反対する前に、テロに対して
どのような撲滅のための行動を取ってきたか、
あるいは、バーミアンの大仏爆破のあともタリバンを追い込む国際世論を
盛り上げるために何をしてきたか問われるのではないか。
振り返れば大仏爆破は、タリバンによる文明への最初の挑戦であり、
今回が第二弾ともいえる。あのときの反応の弱さが今回の事件の伏線ともいえるのだ。

●日本の立場が湾岸戦争の時より弱いことを認識すべき

  今回の事件の展開の中でも、湾岸戦争のときに比べて
日本の経済力が落ちていることの重みを痛感している。
あのときは、どんなにいわれようが、世界でいちばん金持ちの国である日本への期待は
大きかったし、立場も強かった。いまは、そういう状態ではない。

●人命尊重も行きすぎると

  日本の平和主義は戦争を否定するという本来の意味でなく、
日本人だけは血を流すのがいやだという意味に傾きすぎることがある。
戦後の日本では命をかけなければならない、あるいは
かけることが崇高な使命というものがあるということから眼をそらしすぎた。
その結果、しばしば殉職者は「悲劇の人」であっても「英雄」として扱われなかった。
今回の事件でも、命がけで救助に向かった消防士たちが
英雄として扱われているが日本で同じことがあったらどうだろうか。
今回の事件についてのテレビ番組の議論でも「巻き込まれるおそれ」が語られ過ぎである。
日本が武力で闘うことを放棄するのはひとつの崇高な選択だが、
文明を守るために犠牲を払うことを他国に押し付けるということでしかないとしたら
崇高でも何でもなくなってしまう。
たとえば、難民救済などにこそ力を尽くすべきというなら、
もっとも危険な地域でそれに参加してこそ評価されるというだけのことである。

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