239.女帝をめぐる議論について

  雅子妃殿下が産まれた新宮様が女の子であったことで、
皇位継承問題は新たな段階に入ったといえる。
秋篠宮殿下の誕生以来、皇室では女子が九人も続けて生まれた。
五一二分の一の確立でしか起こらないことが起きてしまったのだ。
最も若い皇族男子である秋篠宮殿下は現在三五歳。
厚生省の簡易生命表に従って単純に計算すればだが、
今上陛下が二〇一四年、それを継承するべき皇太子殿下が二〇三九年、
それを継ぐ秋篠宮殿下が二〇四四年に日本人の平均寿命を迎える。
したがって、このころに皇位を継ぐべきものがいなくなる可能性が大きくなっている。
もちろん、皇太子家や秋篠宮家にこれから男子が得られる可能性はないわけではないが、
たった一人しか皇位継承者がいないのでは、
皇室はおそろしく不安定な状況に置かれることになる。
最悪のケース、テロの危険が大きなものになるだろう。
そんなことを考えれば、そろそろ、結論をすぐ出すかどうかは別にして、
今後の方針を議論すべき段階にあるのではないか。

  結論からいえば、解決法は三つしかない。
第一は、女帝を認めることで、その場合には今回誕生された新宮様が第一、
眞子内親王が第二となる。
第二は、変則的であるが、たとえばそのころには、新宮様や秋篠宮家の内親王が結婚し、
男子を儲けているかもしれないから、その子供に皇位を継承させるということである。
第三は、終戦時に廃止された旧皇族家から皇位継承者を求めることだが、
三つの案には、一長一短がある。
過去の先例を見出しうる解決法は、第三の旧宮家の復活ということになる。
六世紀初頭、武烈天皇が崩じて応神・仁徳王朝が絶えたとき、大和の豪族たちは相談して、
応神天皇五代の孫で越前・近江の豪族にいたのちの継体天皇に皇位を継がせた。
戦後廃止された宮家は、すべて南北朝時代の崇光天皇(三代)の王子であった
栄仁(よしひと)親王が創始した伏見宮家の子孫である。
いったん臣籍降下していることが問題にならないわけではないが、
これには、平安時代の宇多天皇がいったん源姓を名乗ったのちに
即位した例もあり、決定的な支障ではない。
女帝の前例が八人もあるのだからそれでよいという意見も強いが、
過去の女帝は皇族の未亡人であるか、あるいは独身者であり、民間人出身の男性が、
天皇の連れ合いとして皇居に住み、公的な場に出ることについて
国民感情が許すかは微妙であろう。

  ヨーロッパの王室の場合には、女王の夫君は外国人の王族か貴族が一般的であり、
やはり同国人の臣下は受け入れにくいようである。
日本の場合には、外国人は受け入れにくいだろう。
また、英国では、フィリップ殿下の地位と権限をめぐって暗躍があり、
それがその後の王室のトラブルの遠因になっている。

  それに比べると、内親王の子供である男子を皇位に就ける、
いってみれば外孫が養子のようなものになって跡を継ぐのも一案だが、
あえて女帝を排して無理な小細工をすると見る向きもあろう。

  そうなると、ここはたいへん大事なところなのだが、どの選択をとっても、
かなり苦しい論理での継承となる以上、本人の資質がかなり厳しく問われるであろう。
むしろ、何人もの候補者のなかから、国民が納得できるところへ
収斂させて行くしかないのではないか。
皇室典範には、「皇位は皇族から皇室会議の決定で選定される」とでも
すればよいのではなないか。

  いずれにせよ、大事なことは、枠組みを国民世論の動向も見極めつつ
ゆっくりと組み立て始めることである。
というのは、皇位継承の可能性がある者については、
できる限り早いうちから一種の帝王教育を施し、
また、結婚や就職などについても心構えを持ってもらうことを必要としているからである。

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