273.田中真紀子外相の更迭問題の整理

  田中外相が更迭された。
はじめから任命自体が著しく妥当性を欠くものであることは一貫して主張してきたことであり、
経緯はともかく、日本の国のために喜びたい。

  ただ、辞任に至った経緯は、余りにも後味が悪く、
田中外相は就任したことで日本の政治に打撃を与え、更迭されたことでダメージを与えた。

  その発端になったアフガンNGO問題について、
余りにも雑ぱくな議論がされているので整理をしてみたい。
こうした問題はあいつが好きか嫌いかでなく一般論として普遍的な原則に立つべきである。

(1)真実はどうだったのか:
NGO出席問題は外務省の勇み足だろう。
鈴木氏の意見はあったかも知れないが
むしろ外務省の担当部局が大西氏の発言を失礼だと思ったのでないか。
たしかに一緒に仕事をやる仲間だとすれば非礼なところはあるが、
出席拒否は大人げないのであり、これは外務省のチョンボ。
ところが、これをみた田中外相は外務官僚に反撃のチャンスとばかりに
「野上次官から鈴木宗男の名前を聞いた」とやった。
ところが自分ではそんなことをいっていない野上次官は
「俺はそんなことをいってない」と当然に反論する
(この種の思い違いは真紀子さんにとっては日常茶判事だと以前から聞く)。
ところが、なんとなく世論はこんどは支持してそうだとみた真紀子さんは
深追いをして予算委員会まで止めてしまったので、小泉さんがついにきれたのだろう。

(2)鈴木宗男氏の介入:
彼が大西氏のNGOの参加をやめさせるように意見したとすれば妥当な意見ではない。
ただ、その意見が妥当であろうがなかろうが、
政治家がこの種の意見を言うのは行けないのだろうか。
政治家が国政につき意見をいうことが悪いことであるはずがない。
それが悪いなら「参加させろ」という意見をいうのも悪いことになる。
困るのは度が過ぎたえげつない圧力をかけたときであって
(鈴木氏がよくそれをすることは周知の通りだが)、
一般的に悪いことだとしてしまうと変なことになるのだが。
好き嫌いの問題でなく論理的な線引きが議論されるべきである。

(3)鈴木宗男氏の圧力の有無についての外務省見解:
野上次官から田中外務大臣への説明に鈴木氏の名前があったかどうかについては、
野上氏の言い分が正しいのだろう。
田中外相が事実関係について
妄想を膨らませストーリーを創り上げてしまう癖のあることは誰でも知っている。
鈴木氏の意見具申があったかどうかについては、
おそらく、なんらかの形ではあったのだろう。
ただし、そういうインサイドストーリーを全部、話すべきだというのなら
このケースに限らず常にそういう一般論を永田町・霞ヶ関の倫理として確立すべきである。
「政治家から官庁に要望や問い合わせがあったことは
常にその詳細を隠さず話さなければならない」というような倫理が確立するなら
日ごろから政治家からの横やりに悩んでいる公務員は大歓迎するだろうが、
それでいいのだろうか疑問である。

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