317.「京都府知事選挙の総括」
 
 京都府知事選挙については、中央政界に影響があるような何かが起こることを期待したマスコミにとっては残念なことだったが、何も起こらなかったのである。
 ひとことでいえば、森川候補は、中川候補の出馬や、鈴木宗男問題と横浜での中田勝利という神風を生かせず、前回の結果と比べても、中川氏の立候補で山田候補が票を減らした分だけ善戦したように見えるだけに終わったと考えるべきであろう。
 このところ、京都府の知事選挙では、「相乗りの現職ないし継承候補」か「共産」かという選択が続いていた。そして、このふたつの選択の中には府民多くが飽き飽きしていたし、このままでは、どちらも、さらなる得票数の増加は望みにくかった。
  その意味で、山田候補も、新しい方向での府政展開の約束を積極的に行うというよりは、「守り」に徹した感があった(余計な約束をするとそうでなくても財政難なのに自由度が減るだけという意図もあったのだろう)。一方、森川候補も全国の共産党推薦候補と同じステレオタイプな主張を繰り返すだけで迫力がなかった。
 KBSの「どうする京都21」の討論で、私も、どうちらの候補にも、「単なる荒巻継承とどこが違うのか。経済界などの問題意識にどう応えるか」、「共産党が全国どこでもしているのと同じでないか。少なくとも蜷川さんはそうでなかった」といった問いかけをしたのだが、あまりはかばかしい回答はなかった。
 そんな展開の中で、当初は、ばかばかしいという雰囲気の中での低投票率のなかでではあるが、山田候補が圧勝するということが予想された。ところが、中央政界の混乱、そして、鈴木宗男疑惑追及のなかで共産党が点数を稼ぐというハプニングが生じ、さらに、横浜市長選挙で、中田哲が勝利したことから、マスコミがある種のハプニングを期待する雰囲気が生まれた。
 また、突然、第三の候補として中川候補が出現した。しかし、土壇場になっての遅い出馬表明には、「なぜ」、「本気なの」、「何か別に狙いがあるのでは」という疑問が消えなかった。府全域では無名の候補だけに、もう少し早く出馬表明し、府民に知事としてふさわしいかどうか判断の材料をもっと提供することが不可欠だった。最終的な投票数からみても「第三の候補」としては認知されなかったと見るべきだろう。結果は、郡部などで、JA関係などの「義理票」を獲得しただけで、その意味では、山田候補の票をある程度は奪い、「森川善戦」に寄与したという意味以外には何もなかった。中川候補の政策主張には見るべきものが多々あっただけに残念なことだった。
  山田候補は、浮動票獲得に成功したとはいえなかったが、少なくとも人柄の良さもあって、組織防衛には成功した。また、全国の知事を中心にした、中央政界から距離を置いた応援も無難ではあった。しかし、古色蒼然とした主張を繰り返す森川候補の善戦を許したこと自体が成功した結果とはいえない。4年後には圧倒的な支持を得るような知事になることを期待したい。
 共産党にとって、今回、そこそこ善戦したように見えることは、決して、喜ぶべき事でない。今回、本来なら共産党をもっとも嫌うはずの人たちの中で、「今回は森川が勝ってもいい。当選したところで、ほかの党が与党に回ることもありえないから、議会で多数をとれず、何もできないで4年間をすごすだけだ。そのことで現在の府庁の掃除が実現したあと4年後に本当にいい知事を迎える手もある」という人もいた。その程度に甘く見られていたのである。
 もし、共産党が本当に新しい政治を創るのに加わろうというなら、もっと幅の広い支持を集められるような政策と候補者を立てる、あるいは、そうした人に相乗りすべきだった。国政選挙や議会選挙のときの自党だけの勢力拡大につながることを優先させる限り、「革新自治」の再建は無理な相談である。「革新自治」が正しいかどうかは別にして、あの時代、左派政党の共闘の中で、ひとつの骨太の選択肢がしっかり与えられていたことは評価すべきだったはずだ。
  全国マスコミについていえば、横浜の選挙と京都を同一視するような視点を提供したのは無責任であった。横浜は民主党と自由党の一部が組んで相乗り候補に勝った。そして共産党候補は歴史的惨敗をしていたのである。その意味で、中田氏に投じられたのと同じ気分の票が森川氏に行くべき論理的な理由は何もなかったのにもかかわらず、そういう誘導をかなりした。そのことが、森川氏の票を増やすことに貢献したのだが、正しい視点の提供だっただろうか。
  おりしも、徳島県知事選挙ではオール与党VSオール野党に近い図式になりそうだ。こういうケースではたしかに、中央政治への影響もあるだろうが、京都のようなケースでは、むしろ、森川氏が勝つことは野党共闘にひびを入れる可能性すらあるともいえなくもなかった。そういう事情も分かっていながら、全国的な注目を集めて記事にするためには、与党に不満があるなら森川氏に投票すべきだといわんばかりの誘導をしたことは、決して、長い目でみればいわゆる「守旧派」に打撃を与えることにもならない。共産党が単独で強ければ、全国規模でいえば、民主党、社民党、自由党などの居場所がなくなることであり、とくに小選挙区制の元での「自共対決」は自民党にとってこれほどありがたい図式はないのである。
 また、根本的な問題として、地方選挙を中央政治に対する意見表明の場にすることは好ましくない。地方分権、地方主権の時代にあって、地方選挙の結果は国政選挙以上に住民にとって重い。それを、たとえば、「中央は、自民党政府でいいと思うが、ちょっと、いい気になっているから、知事は共産党にでもしたら反省するか」といった気分で地方自治を考えるべきものなのだろうか。私は違うと思う。地方選挙では地域自身にとって最高の判断がなさるべきなのである。

316.京都府知事選挙と石原知事の応援

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