343.トルシエと瀋陽事件の報道センスの差
 ワールドカップの日本代表メンバーが発表された場にトルシエがいなかったことに批判が集中しているが、まことに正しい判断だったと思う。
 それに対して、瀋陽事件での日本政府の対応はまことに浅はかだ。軍事評論家の小川和久氏が中国外務省は報道官レベルで対応しているのに、日本政府は外相や官房長官がしゃべりすぎといっていたが、まことに正論だ。
 外交交渉などでは、あまり高いレベルで細かいことをいうとあとで引っ込みがつかなくなることがある。交渉ごとでないときには、トップが自ら説明することがよいことが多いが、交渉がからむときは別でないか。 
 また、十分に確認できていないことを、国内マスコミにおもねてあわてて発表するから「あとで嘘がぞろぞろ」とかいわれるのだ。海外の、しかも、瀋陽のような不便な土地で起きたことについて、正確さを中国側と競えば勝てるはずがないだろう。
 正しい対応は、最初に「詳しい状況は調査中であるが、ウィーン条約に違反する行為が行われた可能性が強いので、事実が明らかになれば強く抗議する。場合によっては、五人を総領事館内に戻す必要が出るので、とりあえず中国側は五人の出国などを認めないように要求した」というあたりにしておくべきだった。
 それに対して、トルシエは、まず、決断の内容だけを示して世論の反応を見て、それからおもむろに選考理由を説明しようという腹らしい。どうせ、どんな人選をしてもあちこちから反発が出るのが分かり切っているのだから、まことに賢明な判断である。
 さらに、外務省が総領事館調査のために本省から送ったのが三人だけというのもお粗末だ。重大事ならもっと多い人数を、さらには、出身官庁の人間も含めて送り込んで徹底的な調査を行うべきだ。
 また、山口県警から出向の副領事が英語ができなかったのはおかしいという人もいるが、英語と中国語ができて、射撃や武道にも秀で、法律などにも精通し、警察での経験も十分な人材がどれだけいるのか、また、どうしてこういう低いポストに就くのと考えるか理解に苦しむ。瀋陽の副領事が贅沢三昧の華やかな外交官生活ができるという程度の認識でコメンテーターなどと称するだけ馬鹿げている。
 このような現状を改めるとすれば、各省庁からの海外勤務を研修目的などと考えずに、特定の国際問題のプロが繰り返し海外に出るようなシステムに変えるしかない。フランスなどはそういうのに近い。

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