402.外務省改革〜そのA
  キャリア外交官以外の大使ポストを二割にとかにこだわった「外務省を考える会」などというのは、「何にも考えない会」であることを露呈しただけだ。お飾りにしておくだけのつもりの交流人事や民間登用はいい加減にしたらどうかと思う。そんなものは、外務省にとっては緊急避難的な風除けであり、登用されるほうにすれば気楽でおいしい棚ぼたポストでしかない。古田氏の経済協力局長起用のようなショッキングな人事こそ外務省を変えるという意味では本当に効果的なのである。
 なお、私は交流人事を意味があるものとするには、同じ人が何回も外務省ポストを経験すべきだと思う。幸いに大使というポストがたくさんあるのだし、各省庁の天下りポストも減り、また、肩たたきを早くしすぎないでおこうというなら、かなりの官僚が何回かの在外公館勤務の末に最終ポストとして大使などを目指すようなシステムを考えるべきでないか。
 フランスでは商務官や財務官などで在外勤務をした官僚のなかからかなりの割合で外務省に転籍するような人がいる。なかにはかつて駐日大使をつとめたロス氏のようにザイール、インド、日本の大使を経て事務次官(原則としてフランスには事務次官制度はないが外務省にだけはある)になったような例もあるくらいだ。学者やジャーナリストも含めていわばお客さんのような形で大使になっていただいたりするより、積極的に参事官や公使、あるいは本省のポストで受け入れそのなかで仕事ぶりを評価された人のなかから大使を出して行くべきではないか。今回も古田氏が局長のあとは重要な大使につくような人事にすべきだと思う。
 一方、外務省からも各省庁や特殊法人、地方自治体などにもっと出向して国際問題担当の部署や顧問のようなポストにつくべきである。やはりフランスの制度では外交官が各省庁の大臣の国際問題担当補佐官のような形で出向することが多いがよい制度だと思う。古典的な外交一元化論(外国との公的接触はすべて外務省を通すべきだという考え方)に拘泥するより人事交流で各省庁などの動きを外務省が把握する方がよい。
 また、外交官でも家庭の事情や健康上の理由で在外勤務をしたくない人もいる。そういう人たちを無理に海外へ出すよりも主に国内で活躍していただいてもよいのではないか。とくに女性外交官など結婚の相手が非常に限定されたものになって独身者の割合が非常に高いといった「深刻な」問題もあり、そうした自由度を認めることがより優秀な人材を外務省に集めることになるはずだ。
これまで外交官は一時帰国などについて厳しい制限を受け、また、意に添わぬ海外勤務でも受け入れるという規律を守る代償に特権を認められてきたところがある。しかし、その特殊な規律の多くはナンセンスなものである。海外へ赴任して第三国でバカンスを過ごすのはよいが日本に帰国するのは駄目だとか、家族も含めて私的理由による帰国は年に一回だけという制約があって、親が病気でも帰れないとかいうこともあったし、今度はそういう場合についてのみはよいというと子供の受験などのたびに親を何度も危篤にするとかいう漫画チックな騒動も現実のものだった。有給休暇をどこで過ごそうかは本来自由であるべきであるし、帰国制限などは日本の事情に疎くなるマイナス面も大きい。あるいは、大使夫人による館員の夫人に対するいじめによって仕事どころでなくなった外交官もたくさんいる。最近、外交官の単身赴任が増えているが、その理由のひとつは煩わしい人間関係を嫌って動向赴任したがらない配偶者が増えていることだ。
 もちろん、いわゆる外交官的な教養とか優雅さもナンセンスなものではない。なんだかんだといっても、世界的に外交官の世界にはヨーロッパの貴族的雰囲気が色濃く残っている。そういうものを備えることは各国における外交団(駐在する外交官の集まり)のなかでも尊敬を受けるし、私が会った官僚の中でも外交官にはとくに尊敬すべき素晴らしい教養人いるのをみてきた。そもそも外務省に限らず日本の官僚や政治家も含めたリーダーたちはもっと幅広い教養を磨くべきであるし、外交官がある種の手本を示しているのも事実である。しかし、不必要に特殊な社会にすることのマイナスも意識されるべきだし、いくらでも自分たちで変えられる習慣を理由に特権を維持しようというのも許されることではあるまい。

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