445.拉致被害者のこれからの人生
 拉致被害者がいったん北朝鮮に帰るかどうかについて、本人でなく、また、彼らの家族だけでもなく、「家族の会」という団体の「意向」がなぜ優先されるのか不思議である。
 大事なのは、「家族」といっても本人と子どもたちだろう。親や兄弟はその次だろう。まして、よその親までというのはおかしい。いま大事なのは、子どもたちをいかにして軟着陸させるかである。下手なやり方をすると拉致被害者と子どもたちの関係に異変が起こる怖れもなしとしない。長すぎる親の不在が子どもたちにいいこととは思えない。
 また、拉致被害者にしても子どもたちにしても、これからの人生を、「可愛そうな人たち」と憐れみを受けて生きるべきなのか、「(経緯はともかくとして)日朝の架け橋」として生きるかどちらがよいかと言うことである。彼らが選択することだが、少なくとも、子どもたちも含めて前者の考え方に基づく後ろ向きな人生を押し付けるべきであるとは到底思えないのだが。
 昨日行った亀岡は野中広務氏の選挙区である。このところ、経済政策はともかく北朝鮮問題については「(拉致被害者に)謝罪した」などと報道されて歯切れが悪い。ただ、地元では今回の交渉進展も自分たちの努力の上に立ったものとかなりきちんと説明しているようだ。地元だけでなく中央でもムードに流されず、きちんとした論陣を張って欲しい。 これから何世紀にもわたる日朝両民族のお付き合いがどういう方向へ向くかの瀬戸際だというのに、あまりにもバランスの悪い議論の横行は国家の危機である。
 

444.丹波への道

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