6.遺跡保存を考え直す
  宮城県の上高森遺跡で起きた偽出土品事件を受けて、歴史学界や関係自治体は
それが波及しないように大慌てである。藤村氏本人も上高森遺跡と発覚の発端となった
北海道の総進不動坂遺跡以外では不正をしていないといっているが、藤村氏ひとりで
ほとんどの石器を掘り当てているなどということがおかしいし、藤村氏が「ここを掘れ」と
いったとおりにすると出てくるなどというのはあり得るはずがないことだった。
藤村氏が関与した「発見」は、いったんすべてなかったことにすべきであろう。

  この事件では、一人のアマチュア研究家の勇み足ということでなく、
考古学界全体の悪のり、また、郷土史といわれる分野の非科学性が問われるべきだ。
なにしろ、関西などでは、「歴史を書きかえる発見」といった見出しが何ヶ月に一度は踊る。
たしかに、近年の大型開発や、考古学への関心の高まりで、遺跡の発掘成果が
次々出ているのは確かだが、それにしても、センセーショナルに過ぎないか。
素人が新聞記事だけを見ても首をひねる話が多すぎる。

  青森市の野球場建設現場で発見された三内丸山遺跡は縄文時代の大集落のあととして
話題になった。縄文時代にすでに大集落があったという証拠だといわれたのだが、
私は一昨年に出版した「47都道府県うんちく事典」(PHP文庫)のなかで、
「かなり長期にわたっての遺跡が重なっているのであって人口規模などは過大な数字が
一人歩きしている気がする。考古学関係の遺跡が発見されると注目を引きたいというのと
保存に結びつけたいというので誇大な数字が喧伝されることが多いが困ったことだ。
また、高さ何メートルの建物があったらしいとかいって復元までするが、これも最大限
このくらいというといころから想像を膨らませているのではないか」と指摘した。

  マスコミで大きく取り上げさせて、それを発掘調査の予算獲得や遺跡保存という
「金の成る木」に仕立て上げるということは発掘に携わる人たちがかなり広範に
やっていることであり、だからこそ、五十歩百歩の藤村氏のやり方に疑問を
呈せなかったのでないか。

  そもそも、遺跡保存による損失も大きい。
「だいたい、いわれがあるわけでもない建物が建っていたあとの穴ぼこをこれほど
たくさん保存する国はないし、所有者にも自治体にもたいへんな負担になっており、
合理的なルールが必要な気がする」と私は同じ本で指摘した。
また、「あちこちの城跡には役所や学校になっているところが多いが、
いまの建物が古くなれば公園にでもするしかないという話をよく聞く。
しかし、それなら、皇居や永田町や霞が関になってどんどん建物が更新されている
江戸城跡も同じように規制すればよい」とも書いた。

  日本中同じルールでやるなら、超一級品の歴史遺跡の上にある東京、京都、大阪など、
すぐにでも都市を撤去して遺跡公園にするしかないだろう。
ただ、そんな重い結果を残すこと、また、マスコミや国自身もそうである大都市の
土地所有者の利益はしっかり保護される。結局は、小さい自治体やささやかな住宅を
建てようとしている人たちへの弱いものいじめなのである。
遺跡保存についても、公平なルールづくりをすべきだ。
保存しなくてはならないものはどんなものか、誰の負担ですべきか、
いちど保存と決めても、何年かすれば歴史的価値の見直しも必要だろうから
適当な期限をつけるとかいろいろあるのではないか。

  さらに、今回の事件は、郷土の歴史を飾り立てるためには少々のいい加減さは
許されるという風潮への警鐘でもある。
とくに、東北では近年、「東北史観」なるものが流行し、
東北こそ先進地域だったというキャンペーンが張られてきた。
東北こそ日本で先進地域だった時代があるという願望に基づくキャンペーンがはられ、
石器時代や縄文時代への奇妙な礼賛が流行した。
そもそも、いまの東北の住民の多数は「征服者」として東北へやってきた人たちの
子孫であると考えられるのだから、ナンセンスな気がするが、
今回のねつ造を見逃せなかった背景として、このような風潮があることは間違いない。
もちろん東北だけでなく、郷土史の世界でも「科学性」は全国史より
希薄であってよいはずがないのである。
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