10.加藤紘一はどうするべきだった・どうするべきか

  加藤紘一の決起については、いかにも筋が通らない中途半端なもので支持できなかったし、失敗は当然だと二回にわたって書いた。
しかし、加藤氏にとっての選択にどんなものがあったのだろうか。

  もちろん、いちばん、分かりやすいのは、自民党を離党して新党を結成し、
不信任案可決のあとに予想される解散総選挙に堂々と望むことだったことはいうまでもない。
しかし、加藤氏が望んだように、自民党に留まったままで民主党などと協力するという
選択の可能性はまったくなかったのだろうか。

  私は、こういう理屈ならありえたと思う。
それは、自民党と民主党などとの大連立の提案を明確に出すことだったと考える。
第一党と第二党の連立というのは、国民の選択権を奪うという意味で、
原則論としては好ましくない。しかし、それが許される場合がある。
たとえば、挙国一致政府で戦時のような国難に当たるといった場合である。

  そして、もうひとつは、ある期間に限定し、目的もいくつかの大きな改革の実現に絞って、
その実現のために大連立を組み、その目的が達成されれば連立を解消するといった場合
ではないか。

  たとえば、両議院の三分の二の賛同が必要な憲法改正の最終局面などでは、
与野党が対決しての話し合いではなかなかまとまらないので、大連立という考え方も
あるかもしれない。あるいは、単純小選挙区制にして二大政党制を狙うというのも、
賛否はあるだろうが、ひとつの理屈である。

  今回でいえば、課税最低限の引き下げも含めた財政再建問題とか、
厳しい斡旋利得罪の制定、より進んだ規制緩和、大胆な数字を示した行政改革、
さらには思い切って首相公選とか道州制とかについての提案を、プログラムとして示し、
それを実現するというためにたとえば二〜三年だけ大連立を組み、
そののちは、また、たとえば加藤自民党と鳩山OR菅民主党で堂々と戦いましょうという
主張はありえたのでないか。

  いってみれば、自公保と自・民連立の選択を提案することである。
ただし、そうしたきちんとした考えが加藤氏にあったとすればのことだし、
党内手続きを踏んでいないのだから、失敗すれば、除名も覚悟でなければならなかったが。

  そういうやり方でない限りは、離党せずに野党と組むという考えに説得力は
なかったのではないか。

  ではこれからどうするかだが、加藤紘一にはふたつの道がある。
それは、政権取りを次の次からあとに定めて、自民党内でみんなの嫌がる難しい閣僚ポスト
などをやって、やっぱり加藤さんは必要だという評価を得ることであり、
もうひとつは、たとえ、10人でも20人でもいいから自民党を片道切符で出ることだろう。
あとは、公募でもして新しい政治家を集めればよい。
今回は宏池会を丸ごとついてきてくれることを望んだから根回し不足といわれたが、
宏池会など抜けて白昼堂々とでていく分には、子分たちはついていくか残るか
自分の意志で決めるだけであろう。
こうすれば、来年の参議院選挙などでは、けっこう、票がとれるのではないか。

  前者でいえば、いきなり入閣とは行かないから、たとえば、北朝鮮問題担当の
首相外交顧問にでもなってもらったらどうか。適任だと思う。
この問題を見事に解決すれば、自民党の首相候補として復活する価値がある。

  それから、今回の騒動を通じて、加藤氏の宰相候補としての適格性を疑わせることが
あった。そのひとつは、最後の局面になって、加藤氏がショックのあまり感情的になり
正常な判断能力を失っていたようにみえたことである。
予想外の事態となったら茫然自失では首相の資格はない。

  この点についての、十分な説明と反省がなければ、加藤氏の宰相候補としての再認知は
難しいのでないか。

9.森内閣への不信任案否決は当然の帰結
(とりあえずの感想)
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