11.首相公選論についてのやや細かい考察

  11月25日に、東京で「首相公選の会」というものの旗揚げがありました。
主催者は滋賀県出身の小田全宏氏です。
私自身は、関西で用事があって参加できませんでしたが、
この問題について少しまじめな分析をやってみましたのでここに掲載します。

  ともかく、密室で総理が選ばれるという愚劣から、国民が首相を自分たちで選ぶという
実感を持てる新しい制度を幅広く検討することが大事なのですが、
いざ、具体的に考えようとするとなかなか難しい面もあります。以下、私のメモです。

  首相公選の具体的な方法にまつわる問題として重要なものとして、
第一に現行憲法の枠内で行えるかどうか、
第二に首相を公選とした場合に元首は誰か、
第三に議会の信任を受ける対象となるかどうかといった問題がある。
第四に、国会の選挙制度とワンセットにしなくてよいかということも議論すべきである。
第五は、立候補要件である。

  現行憲法との整合性については、真正面からの公選は不可能であろう。
しいていえば、
(1)国民投票の結果をあらかじめ承認するという法律をつくったらどうか、
(2)国民投票で選んだ複数の候補の中から国会が選ぶとしてはどうかなどの案がありうるが、
相当に苦しいとみられる。

  また、(1)は、第三のポイントである、議会の信任をどうするかという問題と絡む。
最初に選ぶときは、公選の結果に拘束されるとしても、将来の不信任の可能性を
あらかじめ封じることはできない。
(2)のほうが、憲法上の問題はより少ないが、公選という意味の実質性は著しく落ちる。

  また、第三と絡んで、国会を国権の最高機関とする憲法の規定との整合性も問題になろう。
これ以外の方法では、公選制は憲法のかなり重大な改正ということになり、
護憲勢力とからは忌避されることになろう。

  また、憲法との関係では、現行憲法をそのままにし、そこに新たな宣言文を
採択することにより、新たな展開を可能にするという提案のなかで処理することも
一案であろう。

  第二については、小沢一郎は公選首相は元首であり、天皇制と両立不能とする。
そこまでいうのは、やや極端であり、イスラエルなどの例もあるので絶対的とはいえないが、
苦しいことは間違いない。また、第三点との関連で議会の承認の対象となるフランスや
韓国の首相のような存在を別途置くとすればますます難しい。
ただし、複数の人物を元首扱いすることは、社会主義国家の例を見てもありうるし、
江戸時代の日 本はそうだったともいえる。

  しかし、いずれにせよ、公選制を議論することは、天皇制の議論に
厳しく触れるものであるとの覚悟と、落としどころへの見通しが必要であろう。

  第三点は、極めて実質的な重要性をもつ。というのは、公選で選ばれた首相が
議会の不信任の対象となることは論理矛盾であり、また、実質的にも、議会で多数を
占めない首相が権力を維持することを不可能にするものである。
それでは、どのような制度がありうるのだろうか。

  (1)イスラエルの首相のように、組閣について議会の承認が得られないなら
公選をやり直す。この方法は、比例代表制による小党郡立のもとで公選首相の要請で
多くの小党が入閣に応じることを前提にしており、不安定で、首相の権力基盤は常に弱くなる。
イスラエルが和平交渉で世論を気にしすぎて柔軟性に欠ける原因となっている。

  (2)米国のように、大統領は議会に出席もせず、弾劾を除いて不信任の対象にも成らず、
法律提案権もない、そして閣僚の任命には議会の承認が必要とする。
この制度は、米国特有の党議拘束が議会でないという特殊事情のもとで成立している
制度である。

  (3)日本の知事や市長のように、極めて厳しい条件でのみ罷免されるとすること。
この制度では、首相が独裁者化する。ただ、現在の日本では国の権力が強いので、
それが極端な首長の行動にブレーキをかけているので、
現実に問題になっていないだけであろう。首相が独裁者になれば、歯止めがない。

  (4)フランスや韓国のように、別途、首相を置き、これを議会の信任の対象とする。
この場合、公選されるのは首相でなく大統領であろう。
なお、フランスでは首相の不信任は議員総数の過半数など厳しい条件が付されており、
韓国では任命に当たって議会の同意が必要なだけで不信任はできない。
フランスの場合は、議会を野党が制すれば、外交・国防は大統領、内政は首相という
役割分担が習慣化しつつある(大統領は、自分のいちばん都合のよいときに議会を
解散できる有利さは持っている。ミッテランは当選直後に議会を解散して圧勝。
シラクはもともと議会で多数を占めていたのに解散して敗北)。
韓国では、大統領与党が議会の過半数をうしなう事態が起きたことがないので、
どうなるか不明。

  (5)公選の趣旨と矛盾するが、これまでと同じように国会は、単純過半数で
不信任できるとし、首相の対抗手段は衆議院の解散だけとする。
いずれにせよ、もし、議会の多数を前提とした「準公選」でなく、「公選」であれば、
だいたい、上記のいずれかを選ぶ必要がある。また、(5)以外については、
首相の選出方法の変更に留まらない、全面的な憲法見直しを必要とする。

  第四点についてだが、第三点とも絡んで、公選制と相性のよい議会制度は
どんなものかをあわせ検討する必要がある。一般的にいえば、小党分立のほうが、
公選首相が多数派工作をやりやすくなるという意味では相性がよいのかもしれない。
また、国会による不信任の条件を三分の二といった厳しいものとするとしても、
単純小選挙区であれば、比較的に容易にクリアすることになる。

  第五点の立候補要件だが、これについて、国会議員の一定数などの要件を
必要とするかで意味は大きく変わってくる。国会議員数を要件とする限り、
無党派候補はよほどのことがない限り無理であるし、地方議員なども推薦者として
加えることで、ある程度は幅が広がるが、それでも、都知事選挙でいえば、
桝添氏のようなタイプは排除されるだろう。署名でも可能とすることも可能だが、
条例制定の際のような街頭で集めた本人確認が十分でないないものまで含めるか、
あるいは、全国規模でどのくらいの人数ならよいとするかなどの問題があろう。

  以上のような、種々の難しさを考慮すれば、「準公選」も棄てがたいようにも思える。

  つまり、総選挙の際に候補者が首班指名では誰に投票するかを明示するという
やり方である。イタリアをまねて菅直人が提案した「オリーブの木」方式は
そんな考え方だったが、それを法制化するのである。

  たとえば、「総選挙に際して候補者は首班指名に際して誰に第一回目に投票するかを
表明し、それを尊重しなければならない。」とでもすればよい。
さらに、「衆議院が内閣不信任案を可決し、内閣総理大臣が解散を行わないときは、
新たに首班指名を行うが、この場合、新しい内閣総理大臣は三か月以内に衆議院を
解散しなくてはならない」として、国民の選択によらない首相はあくまでも
臨時首班であるという性格付けをしてはどうか。
つまり、総選挙から「個々の議員を選ぶ」ものである以上に、
「首相を選ぶ」選挙であるという性格付けを明確にさせることである。
英国の総選挙はそのようになっているし、フランスやドイツの首長選挙も同じである。

  以上のような諸点も踏まえ、「公選」の意味をいまの段階で、あまり狭く「定義」せずに、
「国民が首相を自分たちで選ぶという実感を持てる新しい制度を幅広く検討する」という
性格付けのなかで、具体的な内容や憲法とのかかわりを、今後の議論のなかで
深めていくことにしておくことが賢明であろう。

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