28.新省庁体制について四年前に私が主張したこと

  1月6日に、省庁再編後の新しい体制がスタートしました。
私のいた通産省もなくなって、経済産業省になりました。
この新しい体制については、もう少し様子を見て、改めて、論じたいと思いますが、
ちょうど、橋本内閣で行政改革が議論されていたころに書いたものがあります。

  「文芸春秋」などあちこちの雑誌などに載せて、最後は、
拙著「さらば霞ヶ関」(PHP研究所)にも収録されているものですが、
いま読み返してみても、ほとんど、変えるべき所はないと自負していますので、
ここで紹介します。(最終案はまだまとまっていませんでしたので、
今回の再編と少し一致していないところがあります)

  なお、「さらば霞ヶ関」は、現在、一般書店では入手が困難ですが、
ご希望の方には、このホームページの「著書オンライン販売(こちらをクリック)
のところでお分けしていますので、ご活用下さい。

*「さらば霞ヶ関」(PHP研究所)より

橋本行革は明治維新か吉宗の改革か

  橋本総理による改革をみていて、一昨年の大河ドラマの主人公だった
八代将軍吉宗と比べたくなることがある。別に、松平健が扮する暴れん坊将軍のように
橋本総理が格好良く女性に人気があるからというわけではない。
八代将軍吉宗は享保の改革をなしとげ、破綻寸前だった徳川幕府を再建して
100年も生き延びさせることに成功した。しかし、逆に言えば、根本的な改革を
先延ばしにして世界の進歩から日本を取り残させたともいえるからである。
最近の省庁再編など一連の改革の進行を見ていると、その意欲と着実な成果を
評価する一方で、なまじ現実的な成果を上げることがいま日本が必要としている
根本的な改革を遅らせてしまわないか憂慮する。ぜひとも、そういう危惧を乗り越えて、
現在、進められている橋本行革が平成幕末維新の序曲であることを願いたいものである。

  吉宗は倹約令、定免法など税制の改革、上げ米、足高の制、商品作物の奨励、
輸入制限の緩和、都市の防災化などを進めた。こうした改革の中には財政再建を
急ぐ余り景気の後退を招き早々に修正を余儀なくされたものもあったが、全般的に見れば
そこそこ時代に合致したものだったので幕府の権威は立て直された。その結果、吉宗が
将軍になったときからいえば150年、引退して大御所になったときからでも120年もの間、
幕府は日本を支配できた。このために、しばしば、吉宗は名君だとか、幕府中興の祖と
呼ばれる。だが、世界史的な視野からいえば、このときの改革がなまじ成果を収めたことが
日本のためによかったかどうか疑問が残るところである。

  吉宗の時代のヨーロッパに目を移せばルイ14世やピョートル大帝の時代が終わり、
ハノーバー朝、マリア・テレジア、フリードリヒ大王の時代が始まろうとしていたころである。
産業革命も間近で啓蒙思想が起こりアメリカではフランクリンが避雷針を発明していた。

  こうした時代に日本では吉宗によるひとりよがりな「大改革」の成功に満足していたのだ。
そして、その後継者たちも、松平定信の寛政の改革や水野忠邦の天保の改革のような
保守反動路線で歴史の針を反転させた。そして、一九世紀の中盤になって黒船が来航した
ころには、日本と欧米の技術力、経済力、そして軍事力の差は大きいものになっており、
危うく日本も植民地になるところまでいってしまった。

  吉宗はさらに進んで、幕末に徳川慶喜が試み、あるいは明治新政府が実行したような
改革まである程度踏み込むべきだったのだ。米による年貢に頼った税制からの脱却、
鎖国をやめて外国貿易を行うこと、軍事力の近代化、廃藩置県は無理だったにしても
近代的な行政に対応できる地方制度の実現、身分制度の弾力化、近代的な教育制度の
確立、さらに朝廷との関係を緊密にするためにも幕府を大坂に移すといったことも
視野に入れるべきだったと思う。

  いま、橋本内閣のもとで進められている一連の改革は間違ってはいない。
しかし、そこで止まってもらっては困るということを忘れてはならないのだ。

 

本格的な省庁再編は首都機能移転を待つべき

  橋本首相がみずから会長をつとめる行政改革会議は、9月3日、現在22ある省庁を
1府12省庁に再編するという中間報告をまとめた。これをもとに、主として与党内の
調整が進められており、11月中には最終報告がまとめられる予定である。
郵政事業の取り扱いや建設省河川局など公共事業のありかたについて関係省庁や
族議員から強い抵抗が出ており、まったくそのまま実現するとは思えないが、それでも、
省庁を大ぐくりにするとともに、かねてより懸案とされていた権限関係をめぐる矛盾点の
かなりを解決するという基本ラインは堅持されることと思う。いうまでもなく、こうした方向性に
ついては誰しも異議がないものであるが、問題はいま日本が必要としている全体的な改革の
中でこの省庁再編がいかなる意味を持つものかということであり、その限界を明らかに
すると共に、今後進めるべき改革のありかたを明らかにしなくてはなるまい。

  もともと、この省庁再編は首都機能移転と同時に行われるはずのものだった。
政府全体が東京から新政治首都へ移転することになれば庁舎も新しくなるし、
退職する人や新規に採用する人も出てくるはずだから、省庁の枠など吹っ飛んでしまうはず
だった。ところが、それまで省庁再編を行わないなどというのは官僚の抵抗が予想されて
面倒なこの問題を先送りしようとするものだという声が出て、一転して首都機能移転だけで
なく他の改革にも先行して取り組みことになった。しかし、もし、かなり根本的な改革をすると
すれば、公務員制度や地方分権とのダイナミックな連携が必要なはずで、この問題だけを
取り出してもそれほどドラスティックなことなどできるはずもない。

  とはいっても、私も今回の省庁再編に反対なわけではない。松下電産では10年に一度は
とりたてて必要がなくとも組織変更を行うと聞いたことがある。つもりつもった垢を落として
新しい仕事に取り組む契機として組織変更は実際的にも心理的にも良い影響が期待できる
からである。さらに、公務員制度や地方制度の改革などを進めていく地ならしとして、
霞ヶ関をちょっとゆすってみるのも悪くはないだろう。

  だから、今回の改革はそれほど強い抵抗を受けるようなものである必要はないと思う。
しょせんは、暫定措置であって、たとえば2010年以降に予定される首都機能移転の際に
行われる改革こそが明治維新以来の枠組みをそのままもっている行政機構を根本的に
変えるチャンスだと思うからである。

 

事務次官を出せなくなるところが抵抗

  そんなわけで、ひとつの提案としてみんな平等に、二つの役所をひとつにするということで
例外なしというのはどうだなどと思ったことがある。総理府・総務庁、法務省・国家公安委員会
(警察庁)、外務省・防衛庁、大蔵省・経済企画庁、通商産業省・郵政省、建設省・運輸省、
農林水産省・環境庁、厚生省・労働省、文部省・科学技術庁、あとは国土庁、北海道開発庁、
沖縄開発庁だが、これらはもともと小さい役所だからまとめて自治省といっしょでいいと
いうものだ。これに若干の部局の移動を加えればそこそこ意味のある改革になり、しかも、
横並びに弱い官僚を説得しやすいと考えた。かつて、竹下内閣が東京一極集中を
是正するために政府機関の地方移転を提案したときは、当初、各省庁一律一機関と
いうもので、しかも、どの機関にするかは各省庁が自分で決めろというものだった。
なんとも軟弱で理屈も何もないやり方だったが、さほどの反対もなくしごくスムーズに決まり
実行に移されようとしている。

  ところが、行革会議はさすがにもう少し張り切ってもっともらしい案を出してきた。
あまりにも、便宜的な臭いのする提案では情けないと思ったのか、いくつか目玉というか
アクセントがつけた。そのために、ずたずたにされる省庁があったり、役所によっては何か
えらく得をしたようにみられたりした。いま猛抵抗を受けている部分はまさにこうした
目玉づくりの標的となったところである。

  もっとうがってみれば、抵抗しているところは、この再編によって事務次官を出せなくなる
おそれがあるところではないか。官僚としての感覚で予想すれば、雇用福祉省では
労働省と厚生省が交替で事務次官を出すことになる。総務省や文部・科学技術省では
自治省と総務庁、文部省と科学技術庁が交替なのか、自治省、文部省が主体になるか
微妙なところだろう。建設省では現在、事務官と技官が交替で事務次官を出しているが、
これが国土開発省になって、しかも技官王国の河川局は国土保全省ということになれば、
建設省と運輸省の事務官が交替で事務次官をつとめることになるだろうし、河川局が
吸収される国土保全省の事務次官は農林水産省から出る。つまり、建設省の技官は
どちらの役所でも事務次官を出せなくなるのだ。さらに、郵政省の一部を飲み込む産業省
では通商産業省から事務次官が出るだろう。こうしてみると、建設省と郵政省の抵抗が
強い理由のいったんがみえてくるのではないか。つまり、霞ヶ関の秩序の元締めである
事務次官を出せなくなることが勝者と敗者のメルクマールになっているのである。
おそらく最終的な妥協点に落ち着くためには、勝者も敗者もないというイメージを
どう回復させるかが課題となるだろう。

 

大蔵省は金融省というのが国際常識

  金融と財政の分離をめぐる大蔵省のありかたの論議というのは、攻めるほうも守るほうも
どちらも見当違いの議論をしていると考えている。そもそも日本人は大蔵省(ミニストリー・
オブ・ファイナンス)の基幹となっている業務は財政だと思っている。たしかに、現実の
大蔵省では予算編成を行う主計局が主流とされ絶大な権限を誇っている。しかし、
ファイナンシャル・タイムズが「財政新聞」でないことでもわかる通り、ファイナンスとは
「財務」であって財政でない。そして、財務という言葉が金融というのにかなり近いもので
あることも明かである。つまり、国際的には大蔵省は金融省なのであり、断じて財政省では
ない。当然のことながらサミットに行くのは金融大臣であって財政大臣でない。外国で
金融と財政が別の大臣ということは多いが、その場合には財政担当大臣というのは
それほどの重要ポスト出ないのが普通だ。もちろん、大蔵省のいうように金融と財政が
同じ役所で担当されていることは多いし、それなりの合理性もあるのだが、それは
金融というか経済の運営の全体的な方針のなかで財政運営が図られるべきだという意味で
あって、日本のように財政の主導のもとで経済・金融政策がゆがめられることがあっては
いけないのである。財政構造改革でも、財政当局の意向が反映され過ぎたから、何でも
歳出削減になればよいということになり、経済の現実をきちんと見据えないからたちまち
景気が失速することになった。したがって、大事なことは予算編成部門の権限を
小さくすることである。予算編成は政府全体で決める国政の大方針にのっとって行うべきで、
予算編成を通じて国政が動かされることがあってはならない。財政金融がひとつの役所で
あろうがなかろうが、予算編成権限が内閣に移ろうが、そんなことはたいした問題ではない。
大蔵省でもようやく主計局至上主義が改められつつあるといわれている。優秀な人材を
主計局に集め、他の省庁の要求を「査定」するという主計局の仕事のやり方をマスターした
者が金融をも支配するという仕組から脱却するには長い時間がかかるが、それが
日本経済のためには絶対に必要なのだ。財政と金融の分離にも反対ではないが、
いま妥協案として模索されているように、金融政策を小出しに外へ出して、ますます予算や
税に特化した大蔵省に国際金融などを担当させることはむしろ改悪としかいいようがない。

 

なぜ情報通信と貿易は同じで担当すべきか

  この中間報告で評価できるのは、通商産業省に郵政省の通信分野の一部を加えることに
した産業省と運輸省、国土庁など建設省の大部分を統合した国土開発省とである。
通商産業省と郵政省の情報通信分野を統合することは、両者による無駄な権限争いを
避けるという観点から論じられることが多いが、ここでは、なぜ通商行政と産業行政が
ひとつの役所によって所掌されること 望ましいかという原点から考えたい。
私は、もっとも国際競争上戦略的な産業分野こそが通商分野と同じ省庁によって
担われることが望ましいと思っている。だから、明治時代において生糸など農林水産品が
輸出産業としてもっとも重要だったときには農商務省という組織に合理性があった。
ところが、工業化が進み繊維など工業製品が輸出品として重要になってきたとき、
農水産業が通商と一体である必要性は薄れた。それが、1925年の農林省と商工省の
分離の歴史的な背景である。ちなみに、このときには、頭の柔らかい官僚は商工省に、
頑固なのは農林省に配属されたといわれ、その典型が岸信介と平岡梓(三島由紀夫の父)
であることは猪瀬直樹の「ペルソナ」に詳しい。そして、通産省という仕組みは
重化学工業品が輸出の主力であった戦後にあっても合理性を持っていた。
ところが、今日のように情報通信が基幹産業となってくると、その分野と通商行政が
同じ役所で所掌されることが望ましくなっている。試行錯誤を繰り返しているものの、
フランスでもそういう傾向にある。郵政三事業の扱いはともかくとして、少なくとも
情報通信産業と通商交渉がひとつの役所で担われることは好ましいことと思う。

 また、先端産業育成的な仕事はもう要らないのではないかという意見も多い。
しかし、世界中の国がその命運をかけてこうした問題に取り組み、あのサッチャーさんですら
通産省を設立したなかで、日本だけが経済はほうっておけば大丈夫と考えるなら
おめでたいことだ。今日の経済不況の原因は輸出が好調な時期に、日本産業の競争力には
将来ともに不安はないなどとうぬぼれたことだ。

  郵政三事業については、いきなり簡保は民営化、郵貯もその方向ということにしたのには
無理があった。少なくとも地方の郵便局をどうするのかということに明確なビジョンを
示さないまま、金融政策の都合だけで結論を出せる問題ではあるまい。過疎地における
行政末端としての機能を持たせられないか、郵便配達の車をスイスのようにバス路線として
使えないか、新聞の宅配制度の将来との関連で論じられないかなどいろんな可能性を
考えても良い。さらに、公務員の中で郵便局の職員はむしろ良心的に働いていると国民も
公務員仲間も思っているなかで突出した犠牲を払えというのは納得しにくいのではないか。
もっとも、現在の郵貯などがこのままで長く存続できるとは思えず、不毛の対立は横に置いて
根本にさかのぼって議論する必要があるのは当然である。

 

「交通省」に大きな期待

  日本では運輸省が鉄道省という先祖をもって独立しているために、交通問題を総合的に
扱う役所がなかった。このために、鉄道、航空、港湾は道路との整合性が十分に
とれないまま整備され、空港、港湾や主要駅に高速道路が連絡していないことが多く、
たいへんな無駄と国際競争力の低下を招いている。もっとも、運輸省所管の鉄道、空港、
港湾も一体的に整備されているとはいいがたいだけに、役所をひとつにすれば問題が
解決するとはいえないが、これを機会にそれぞれの施設の出来ばえを独りよがりに
誇るのでなく、交通省として利用者の立場に立った交通と物流の実現に努めて欲しい。  

環境省については、一つだけ突出して小さな役所になり、省庁再編の意味が
問われてしまう。大ぐくりにするという基本方針が崩れては全体の説得力は著しく落ちてしまう。
建設省の扱いとのからみで、農林水産省との統合も選択肢とされているようだが、
規模の面からいっても、また、農林水産省がこれから人員を削減せざるを得ないのに対して、環境省は増員を必要とすることが予想されていることなどを考えるとかなりの合理性が
あるのではないか。さらに、いっそう、住宅や都市計画なども移して「生活環境省」に
してしまうのも一案だ。

  いずれにせよ、今回の再編成はやらないよりやったほうがいい。しかし、これまでの
役所の仕組みの基本をそのままにして組織をいじくってみたところでそれほど
ドラスティックな効果がでるはずもない。もちろん、中間報告では内閣官房による総合調整、
省庁間の調整システムについての提案、複数の省庁にまたがる課題を担当する
担当大臣制などの提案がある。また、公務員制度については公務員制度調査会に
いくつかの注文を出すという形になっている。さらに、独立行政法人の提案もあるが、
省庁内部組織についてはとりたてて大きな提案はない。しかし、難攻不落の要塞のような
システムになっている各省庁の形をそのままにして仕事のやり方に根本的な変化を
もたらすことなどできるはずもないのである。

27.年末年始のご報告   MENU   29.長浜の鴨すきと自宅での鳥すき
© 2001 Kazuo Yawata . All Rights Reserved.