416.「親日派の弁明」という本の書評を
「親日派の弁明」(金完燮著 草思社)という日本による韓国統治を肯定的にとらえた本が売れている。そこで、月刊「現代」に書評を頼まれて書いた。以下はその「要旨+書けなかったこと」(要するに別バージョン)である。
この本に書かれていることは「韓国は日本人がつくった」(徳間書店)で台湾生まれの黄文雄が指摘したのほぼ同じ。
 この本にはなかなか鋭い指摘が多々あるのだが、残念なことに、この著者に限らず日本統治や当時の親日派へ理解を示すアジアの人々は、日本の国粋主義的な人たちに過度に擦り寄って意見を表明する。売れるように宣伝したり、支援活動をしてくれるのが彼らなのだから仕方ないかもしれないが、本書も鋭い分析に見るべきものが多いにもかかわらず、これでは韓国内での反発を招くのもしかたがない。
 国粋主義と自虐史観の両極端に分かれがちなことにおいて日韓両国民は皮肉にも似ているのだが、それぞれの国の歴史に誇りを持ちつつもアジア全体の平和を建設的に希求する第三の歴史観が確立されるべきだ。
すべての歴史上の出来事には功罪両面があるのだから、戦前の朝鮮半島政策はすべて間違っていたとか、韓国・朝鮮にとってよいことは何もなかったという韓国・朝鮮の学校や外交交渉の場で主張される極端な歴史観はそもそも客観性を放棄したものだ。
 だが、日本人も韓国・朝鮮の人と仲良くやっていきたいなら、日本が韓国・朝鮮に対して悪いことをしたという反省をまず前提として常に示すしかない。本書にもあるように、日本にとって日韓併合には緊急避難的な面があり、韓国内にも支持勢力があり、国際世論の支持も受けていたというのはいずれも事実だ。しかし、そうはいっても、大韓帝国が心から歓迎した併合でなかったのは否定しようがないだろう。
 同じく本書は客観的にみて日本統治が経済や教育の面で好ましい成果をあげたとあり、国際的にはそれが常識だろう。しかし、韓国・朝鮮の人々に前向きに評価してもらえないという現実も不徳の致すところである。
 とくに政府首脳の発言や教科書のように国が関与するような場面ではそうした言い分をあまり露骨には示さない方が礼儀の面からも現実主義的な判断としても正しい。
 日本人としてはいつの日か、日本人による仕事の成果について韓国・朝鮮の人々が眼を向けてくれる日が来ることを期待したい。
 また、本書もセンセーショナルに取り上げることなく冷静な議論の俎上に置くことでこそ積極的な意味をもちうるだろう。
 本書では、日本による朝鮮統治は植民地支配でなく、合邦ないし領土拡張と見るべきであるとしているがもっともである。日韓併合は、欧米の植民地経営より、ナポレオンが支配地域をフランス領にしたり、英国とスコットランドが統合されたのとこそ比べるべきだ。 日韓併合というのが日本の一方的な支配をめざしただけのものとばかりはいえず、方向としては参政権なども含めて平等に扱うことを指向していたという事実もある。あまり知られていないが、戦前には京城(ソウル)が帝都移転の第一候補だったというのもひとつの象徴である。
 ただし、だからといって韓国・朝鮮の人々日本人であることに満足しただろうとは考えにくいし、英仏西が悩む北アイルランド、コルシカ、バスクのような激しい分離運動に日本が苦しんだであろうことも容易に想像できる。

415.田中康夫の再選について

MENU

 417.山形新幹線に乗ってきました

© 2001 Kazuo Yawata . All Rights Reserved.